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東京高等裁判所 昭和62年(ツ)37号 判決

上告人 中尾久子

同 中尾貴彦

同 中尾暁展

右三名訴外代理人弁護士 松本信一

被上告人 渡邊昭造

右訴訟代理人弁護士 太田実

主文

原判決中予備的請求を認容した部分を破棄する。

右部分につき本件を長野地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人松本信一の上告理由第一について

甲第三号証は、売主欄に上告人らの署名・捺印、買主欄に有限会社鳥居開発の記名・捺印がある昭和五七年一〇月一八日付の売買契約書であって、売買物件欄には、本件農地が表示され、その代金が八〇〇万円である旨の記載があるところ、原審は、被上告人の予備的請求に関し、第一審証人栗木音吉及び同寺元辰知の各証言により甲第三号証の成立が認められると判断して、同証を採用し、上告人中尾久子は、昭和五七年一〇月一八日頃、本件農地の持分三分の一については本人として、その余の持分三分の一宛てについては上告人中尾貴彦及び同中尾暁展のためにすることを示して、有限会社鳥居開発に対し、本件農地の持分全部を代金八〇〇万円で売り渡した、との被上告人主張の上告人らと有限会社鳥居開発との間の本件農地の売買契約(以下「本件売買」という。)を認定している。

しかしながら、原審の右認定判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

甲第三号証の前掲部分は、確かに原審の右認定事実に副うものであるが、同証の売買物件欄には、本件農地のほか、別件農地(長野県上水内郡豊野町大字豊野字久保田七〇三番一、同番五の土地)が表示され、その代金が四三〇万円である旨の記載があるうえ、本件農地の所有者として栗木音吉、別件農地の所有者として古畑匠の署名・捺印があるところ、同証の本件農地及び別件農地の売買代金の支払方法、違約条項、その他の記載内容及び付加・訂正部分を含む文書全体の体裁に徴すれば、同証は、第一審及び原審における上告人中尾久子の供述にあるとおり、別件農地の売買に関してその売主欄に上告人らが署名・捺印した契約書に、後日、上告人らに無断で、本件農地の売買に関する前掲部分が書き加えられたものと認める余地も少なからず存するのであって、かつ、甲第一〇号証(但し、成立に争いのない部分)、第一一号証、乙第一一号証等、上告人中尾久子の右供述を裏付け得る書証もあるのであるから、甲第三号証に、本件農地及び別件農地が売買物件として表示された経緯、売主欄の上告人らの署名・捺印のほか、本件農地の所有者として栗木音吉、別件農地の所有者として古畑匠の署名・捺印がなされた事情等を明らかにし、上告人中尾久子の右供述に副う前掲各書証を排斥し得る理由を説示したうえでなければ、にわかに同証をもって本件売買を認定する証拠に供することはできないといわなければならない。しかるに、原審は、以上の経緯、事情等について特に説示することなく、上告人中尾久子の右供述を漫然と排斥し、第一審証人栗木音吉及び同寺元辰知の各証言により甲第三号証の全部の成立が認められると判断して、本件売買を認定しているものであって、原判決の認定判断には、審理不尽ないし理由不備の違法があるといわざるを得ない。しかも、本件記録によれば、栗木音吉を売主、有限会社鳥居開発を買主として、本件農地につき、甲第三号証の作成日の後である昭和五八年二月二八日付で作成された売買契約書(甲第一四号証)が存するところ、甲第三号証により本件売買がなされたのであれば、その後になって、栗木音吉と有限会社鳥居開発との間で甲第一四号証をもって本件農地の売買がなされるべき理由は特にないといえるから、甲第一四号証が存することは、かえって、甲第三号証による本件売買の認定を妨げるものというべきであるのに、原審は、甲第一四号証に言及せず、同証を排斥し得る理由も説示しないで、甲第三号証を採用して、本件売買を認定しているのであって、原判決の認定判断には、この点からも、審理不尽ないし理由不備の違法があるといわなければならない。

右の各違法は、被上告人の予備的請求を認容した原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、同旨をいう論旨は理由がある。したがって、原判決中予備的請求を認容した部分は、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、右部分については更に審理を尽くす必要があると認められるので、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法四〇七条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 安達敬 裁判官 滝澤孝臣)

別紙〈省略〉

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